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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6754号 判決

一 原告が昭和四九年一月二五日設定の登録により本件特許権を取得したこと、昭和五〇年一〇月七日に訴外富士重工業株式会社に本件特許権を譲渡して同年一一月二五日その旨の登録を経由したこと、本件明細書の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであること、被告が昭和四七年五月六日から同五〇年一〇月七日までの間に、被告(一)装置を製造販売していた事実があること、被告(一)装置の構造が別紙目録(一)記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二 右争いのない特許請求の範囲の記載によると、本件発明の対象が「ガソリン機関」とされていることは明らかであるが、被告は、本件発明の対象である「ガソリン機関」は、2サイクルガソリン機関に限定され、4サイクルガソリン機関はこれに含まれない、と主張するので、この点について検討する。

1 いずれも成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報、別添特許公報と同じ)及び乙第一、第三号証の各一ないし三並びに本件口頭弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(一) シリンダとは、通常シリンダブロツクの一部分でその中でピストンが摺動する部分を、シリンダブロツクとはシリンダを含むエンジンの胴体を、シリンダヘツドとはシリンダの頭部をおおつて燃焼室を形成する部品をそれぞれ意味するもので、シリンダないしシリンダブロツクとシリンダヘツドとは別個の部品であると理解されている。そして、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、特許請求の範囲にいう「シリンダ」の意味について、右の意味とは異なる意味で、具体的にはシリンダヘツドをも含むものとして使用されていることを窺わせる記載はない。

(二) 2サイクルガソリン機関における吸排気ポートは、シリンダないしシリンダブロツクに設けられ、ピストンの上下動により吸排気ポートを開閉する構造になつているのが通常であるのに対し、4サイクルガソリン機関における吸排気ポートは、シリンダヘツドに設けられ、弁により吸排気ポートを開閉する構造になつているのが通常である。

(三) 4サイクルガソリン機関は、ピストンの二往復、すなわち四行程で順次吸気、圧縮、膨張、排気という四つの作用を行い(吸気及び膨張はそれぞれピストンが上死点から下死点へ至る行程で、圧縮及び排気はそれぞれピストンが下死点から上死点へ至る行程で行われる。)、これによつて一サイクルが完了し、このサイクルを繰返すことによつて運転が継続される機関で、吸気行程では吸気弁が開き、排気弁は閉じ、圧縮及び膨張行程では吸排気弁とも閉じられ、排気行程では排気弁が開き、吸気弁は閉じるようになつている。これに対して、2サイクルガソリン機関は、ピストンの一往復、すなわち二行程で吸気、圧縮、膨張、排気の四作用を果たして一サイクルが完了し、このサイクルを繰返すことによつて運転が継続される機関であつて、4サイクルガソリン機関と2サイクルガソリン機関とでは、その構造においても、作動原理においても差異がある。

(四) 4サイクルガソリン機関の構造及び作動原理は前記(三)のとおりであるが、実際の機関では、吸気弁の開放時期の始期と排気弁の開放時期の終期とがオーバーラツプして、両方の弁が同時に開いた状態となる場合がある。

(五) 本件明細書の発明の詳細な説明の項には「本発明では、シリンダの排気ポートに臨ませて外気と連通する空気導入口を設けたものであるから、ピストンが下死点に向けて動作し、吸気ポートから混合ガスを導入する時点で、シリンダ室内に生ずる負圧を利用して新鮮な外気をそのシリンダ室内に導入し、シリンダ室内に爆発燃焼に有効な酸素などの成分を導入補給することができる。」(本件特許公報第4欄三三行ないし四〇行)と本件発明の構成及び作用についてこれをまとめた記載がある。右に「ピストンが下死点に向けて動作し、吸気ポートから混合ガスを導入する時点」とは、4サイクルガソリン機関にこれを当てはめると、前記(三)で認定した4サイクルガソリン機関の作動原理から明らかなように、吸気行程を指すことになるわけであるが、吸気行程においては前記(四)に指摘したオーバーラツプを生ずる場合を除いて排気弁は閉じられており、したがつてオーバーラツプ時を除いて排気ポートから外気をシリンダ室内に導入することは不可能であることになり、結局、右記載は2サイクルガソリン機関にはそのまま当てはまるとしても、4サイクルガソリン機関には直ちに当てはまらない。

なお、原告は、本件発明が想定する4サイクルガソリン機関における外気導入の時期は、爆発行程の末期から排気行程にかけてである旨主張しているが、本件明細書中に右主張を裏づける記載はなく、右主張は採用できない。

(六) 本件明細書には本件発明の実施例として2サイクルガソリン機関が掲げられており、4サイクルガソリン機関に関しては「4サイクルガソリン機関においても、高速機関では吸気バルブの開放時期が、排気バルブの開放時期の終期においてオーバーラツプして、ピストンの作動に混合ガスの吸入が追従できるようになつたものがあり、このような構成の4サイクルガソリン機関の場合は、若干ではあるが混合ガスと廃ガスとの接触があつて、2サイクルの場合と同じように、両ガスの接触部では廃ガスと混合ガスとの拡散が避けられず、一部の廃ガスが混合ガス中に残留する傾向がある」(本件特許公報第1欄三〇行ないし第2欄二行)との4サイクルガソリン機関におけるオーバーラツプ時の問題を指摘した記載があるにとどまり、右記載以外に4サイクルガソリン機関に触れた記載はない。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2(一) 前掲甲第二号証及び成立について争いのない甲第一号証、乙第五号証並びに本件口頭弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(1) 本件発明の特許出願の願書に添附した当初の明細書に記載された発明の名称は「2サイクルシリンダー空気供給装置」であつた。

(2) 出願人である原告は、その後明細書及び図面の補正をして、前記1(六)記載の4サイクルガソリン機関に関する記載を発明の詳細な説明の項に挿入し、本件明細書のとおりその内容を確定した。そして、発明の名称も「ガソリン機関」とした。

(3) 原告は、右のように明細書及び図面を補正した後、本件発明にかかる出願を原出願として「4サイクルガソリン機関」に関する発明を分割出願した。

(4) 原告は、右分割出願をするに際し、原出願の明細書(本件明細書に同じ)の補正はしていない。

(5) 右分割出願については、特公昭五〇―一二五三三号として出願公告がなされたが、特許異議の申立がなされ、結局、拒絶査定された。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二) ところで、分割出願は、原出願の願書に添附した明細書の特許請求の範囲に記載された発明のみならず発明の詳細な説明又は図面に記載されている発明をもその対象とすることができるわけであるが、その分割すべき発明が特許請求の範囲中に存する場合には、原出願にかかる明細書の特許請求の範囲の欄の記載を補正しなければ分割出願にかかる発明と原出願にかかる発明とが重複してしまうことになるので明細書の補正は不可欠なものとなるが、分割出願にかかる発明が原出願の明細書の発明の詳細な説明又は図面に存する場合には、たとえ分割出願にかかる発明が特許せられても権利が重複することが無いので明細書の補正は必ずしも必要ではないのである。

右観点の下に前記(一)(2)ないし(4)の事実を検討すると、原告がなした4サイクルガソリン機関に関する分割出願は、原出願にかかる明細書(本件明細書に同じ)の発明の詳細な説明中に記載しながら特許請求の範囲に記載しなかつた事項を分割出願という手段をとることによつて権利の対象とすることを意図したものと解すべく、このことは逆に、本件明細書の特許請求の範囲にいう「ガソリン機関」には通常の4サイクルガソリン機関は含まれないということを原告自身が観念していたものと推認させる。

3 右に認定した1、2の事実を総合すれば、本件発明にいう「ガソリン機関」とは、「2サイクルガソリン機関」を意味し、通常の4サイクルガソリン機関を発明の対象としたものではないと認めるほかなく、右認定を左右するに足る証拠はない。

三 被告(一)装置を表示するものであることについて当事者間に争いがない別紙目録(一)の記載及び原告主張に係る被告(二)装置を表示する同目録(二)の記載によると、被告装置は、いずれも通常の4サイクルガソリン機関であることが認められる。

本件発明が通常の4サイクルガソリン機関を対象とするものでないこと上述のとおりであるから、被告装置がいずれも本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

四 よつて、被告装置が本件発明の技術的範囲に属することを前提とする本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとする。

〔編註その一〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。

ピストンを摺嵌させたシリンダに吸排気ポートを開口し、該吸排気ポートに吸気通路および排気通路をそれぞれ連通させたものにおいて、上記排気ポートに外気と連通する空気導入口を開口させて、ピストンの下降時にシリンダ内に生じる負圧を利用して上記空気導入口からシリンダ室内に外気を導入するようにしたことを特徴とするガソリン機関。

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